旧版短編
旧版短編の一覧。虚空(旧版) - ボクの父と母は優しい人だったらしい。らしい、なんて随分曖昧な言い方になってしまうのは仕方がない。彼らはボクが生まれたその三か月後に死んだので。 けれど、ボクみたいな子供は少なくありません。英雄王が戦争を終結させ時が流れた──からと言って荒れた土地があっという間に再生するわけでも、亡くなった人が蘇るわけでもない。それに、ボクの一族は遠い昔にカムイと交わり強靭な肉体を得たと言われている一族ですから、兵士として生活している人が多いのも理由の一つでしょう。「あなたのお父さんとお母さんは立派で優しい人だったのよ」 孤児院の先生はそう言っていた。 立派で優しい人は自分たちの子供の世話も全くせずに誰かに押し付けて死ぬのだろうか。 優しいって何だろう。「クトネ、どうしてこの剣を持ち出したの? 答えなさい」 孤児院の先生がボクを見つめる。というよりも睨んでいる、という方が正しいだろう。先生の背中に隠れるようにして泣いているのは同じ孤児院の男の子たち四人だ。一番体格が良い子の額に傷跡があるが……これはボクが付けたものだ。 つい十分ほど前。孤児院の子供たちが受ける剣技の授業の後、彼らがボクに突然「今度こそ正々堂々と勝負しろ」と言い出したのだ。なんで突然そんなことをしなくてはいけないのか話を聞くと、どうやら先ほどの授業でボクに負けたのが悔しかったらしい。放っておいてもよかったけれど、そのままだとまたおんなじ話を延々とされそうだったから、ボクはその勝負を受けることにしたのだ。 けれど、その勝負に使う剣を彼らが持ってきたときはさすがに止めた。その剣は刃の付いた真剣だったからだ。これは授業で使うものとは違う。先生たちからも決して持ち出すなと厳しく言われている。それでも絶対にこの剣を使うつもりらしい彼らは退かず、ボクもしぶしぶ真剣を使って勝負をすることにした。相手は四人がかりで来たが、正直授業の延長戦のようなものだ。大事になると困るのでなるべく動きを少なくしていたが、うっかり額に傷をつけてしまったのだ。それが先生に見つかり、この有様です。「……頼まれたからです。これで相手をしろって」 ボクは正直に話す。先生は大きく溜息を吐くと口を開く。黒い髪をかき上げる。なんだか今日は機嫌が悪そうだ。面倒な日に面倒なことを引き受けてしまったなと後悔する。「だからって、なんで止め
ムーンライト・アクアリウム
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